764グラムの超未熟児で生まれた長男の子育て。年子次男の子育て。障がいのある子供とない子供を通しての経験をシェアしていきます。

特別支援学校って、どんな感じ?
学校って、どぉ?

そんな話もおりまぜて。。。

島立ちに向けて心の準備と、障害児の現実まとめ

与論島
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こんにちは。

先日、長男が中学校卒業したんです。

 

卒業式終わって、それまでのたまたま重なってた忙しさと疲れで、猛烈に眠くなって。

卒業式前日には、成人男性のフットサルゲームに初めて参加させてもらって、全身筋肉痛ってのも重なってたという。。

夜の謝恩会のために、ちょっと昼寝をしたら、思ったより眠ってしまったという。。

 

 

障がいのある長男が普通中学校卒業したあとは?

 

長男、超未熟児で生まれて脳性マヒがあるんですよ。

発語も、吃音があるので、すんなり伝えたいことが話しにくい。

精神遅滞もあって、かなり幼い。

運動も半身マヒがあるので、歩行をはじめとする運動全般ふらつき有り。

 

さて。

普通の中学校に通った長男、こんな状態でそのあとどーする?

 

やっぱり特別支援学校でしょ!

 

そのまま、この私の地元の高校受験することもできたけど。

奄美大島の養護学校の分校って形になるんだって。

現状知ってる方の話的にあまり気が進まなくて、思い切って、一人奄美に送り出すことにした。

 

障がいがあっても選択肢はいくつもほしい

 

義務教育終了して、選択肢が広がるのは、障害とは無縁の子供たちばかりだなぁ、と感じる。

高校も、例えばスポーツ推薦で受験できたり、いろんな科の入ったところを受験できたり。

障害の程度はみんなそれぞれだから、もっと可能性が広がると嬉しいなぁ。

うちの長男はリズム感がすごくいいので、それを生かせる・のばせるコースのある高校とか受験できたらよかったのかな?て思ったり。

 

特別支援学校の現状

 

肢体の時別支援学校、知的の支援学校の両方に通った長男。

親として、時には放課後等児童デイサービス職員として学校と関わった経験から。

 

肢体の特別支援学校の場合

肢体の子供たちは、比較的同年代程度の学力を持つ子供が多かった。

高等部に進み、その後は障害者枠での就職をする子、施設に入ってちょっとした労働をしながら、日常生活をサポートしてもらう子。

または、重度で動くことも本人の意志のままにはできない子は、在宅で時々通所サービスを利用する子など。

長男が小学校6年間、肢体の学校でお世話になって先生方の凄さに尊敬するばかり。

一生懸命過ぎる。

個々の能力をどうやったら伸ばせるか、常に考えてくれてるのがわかった。

 

それでも、現実は施設にお世話になる子、在宅で通所サービス利用する子がほとんどだった。

 

知的の特別支援学校の場合

 

知的の学校は、手に技術をつける的な授業が多く組まれていたのが印象に残っています。

知的の学校には中学1年生の一年間と、2年生になっての一ヶ月間お世話になりました。

 

中学部のうちから、農作業など比較的取りかかりやすい授業がくまれていました。

あとは、木工も盛んだった気がしますね。

これから長男が通う奄美の養護学校高等部では、農業・清掃作業・窯業・木工の選択ができるようでした。

実習では、ビンの回収業者での洗い作業や、給食センターのようなところでの調理実習もあるみたい。

 

うちの長男は、土触るのが好きじゃないので、消去法で清掃がいいって言ってましたけど。

 

学力的な授業よりも、実践をメインとした印象があるのが知的の学校の特徴ですかね。

 

特別支援学校に入る基準ってどーなってるの?自己申告?

 

例えば、ご両親が

「うちの子は学校のお友達と違うから、特別支援学校に行かせるわ」

と言って簡単に行けるところでもないんです。

 

肢体の学校であれば、歩行に何がある場合、車椅子での移動、医療的ケアが必要な場合、そのほか肢体に何らかの障害を持っているため通常学級での通学が困難と判断される児童。

肢体の学校でも、うちの長男のように障害がひとつに限らない重複の児童も当てはまる。

長男の場合、小学校進学時は歩行困難、知的・精神遅滞が重なっていたので、肢体の学校を選択しました。

 

知的の学校であれば、体に障害のある児童は現実的に難しいので、判断は就学前の健診の結果教育委員会などから特別支援学校を勧められることがほとんどだと思います。

また、知的の学校入学には「精神遅滞」と判断されることも条件のひとつと聞いたことがあります。

教育委員会から、発達障害の程度にもよると思いますが、特別支援学校を勧められることがあったとしても児童本人や親が希望しない場合は特別支援学級のある学校を選んで交流学級と特別支援学級の両方で学ぶこともできます。

長男の場合、肢体の学校→知的の学校→通常学校・特別支援学級・交流学級、経験できました。

 

結局は?

「ちょっと通常学級じゃうちの子キツいみたい」

と簡単に特別支援学校を選べる訳ではない。

 

通常学校に通わせていて、悩んだらまず担任に相談。教育委員会に相談。

すると、発達検査をすることになると思います。

行動の癖や、なにが得意でなにが苦手で、精神的な成長はどの程度で…と細かく判断してもらえます。

 

学校や教育委員会に相談することがためらわれる場合は、児童相談所などに電話をして現状を聞いてもらうだけでも、次に繋がると思います。

 

障害を認めたくないときは?

 

時々、親だったり子供本人が障害を受け入れられないことがあります。

それはそうかもしれないですよね。

発達障害と言われる言葉もまだまだ新しいし、ある程度子供が成長してから発覚することもとても多いですからね。

 

ADHD、ADD、ASD、LDなどぱっと見全然気づかれない子供たち。

(注意欠如多動性障害、注意欠陥障害、自閉症スペクトラム障害、学習障害)

 

小学校低学年のうちなんて、そわそわしたり落ち着きがなかったりするのは特別気になることでもなかったりしますしね。

字の読み書きが遅かったり、足し算が苦手だったり。相手の気持ちをくみ取ることなんて小さいうちからできてる方がすごいくらいですし。

こだわりが強かったらいけないいの?気になることをずっと考えてたらいけないの?

 

「障害」ととらえて考えると、それまでの環境が変わったように感じるかもしれないけど、これから自分の子供が生きやすくなるためにはどのような教育が必要なのかをよく考えるといいですよ。

 

「障害」とは、あくまで「状態」ですよ。

 

障がい児・者と家族の現状まとめ

世の中にはいろんな病気や障害があるっていうのに、それらに関して知っていることなんてほんの少しで、ほんとに上辺だけの知識しかない人が多い。

もちろん私も含めて。

 

母が風邪をよく引いていて、

「また風邪引いて熱が出てつらい~」

と言って、検査して初めて知った骨髄線維症という病気。

白血病などのように、血液の癌と言われるものだそうで。発覚してからの平均余命は8年だと医者は言ったが、母は2年でこの世を去った。

あまりに早く、どんどん痩せ衰えていく母がとても不憫だった。

 

長男が生まれるまで、障がい児と関わることになるとは思いもしなかった。

縁あって、障害児のデイサービスで働くこともできた。

障害の種類も、働き始めて勉強した。

 

障がい児の親でさえも知らないことはたくさんあるんだから、関わりのない人が詳しいことは珍しいだろうな。

 

病気や障害など、支援の種類やどこでどんなサポートが受けれるのか、どこで相談に乗ってもらえるのか、もっともっと発信してほしい。

知らなくて、誰にも話せなくて悩んで苦しんでいる人がまだまだ多いおと思われる。

 

自分で声をあげないといけないのは、どんな人も同じ。

ただ、あげることができる人とできない人がいるってこと。

 

そこで私がしたいこと

私は、地元・与論島の障害福祉のなにかやりたくて。

悩んでる障がい家庭の話を聞いたり、それによって解決策はないかの検討をしたり。

現在在籍している、特別支援教育保護者の会では、会員が集まって研修会を行ったり、交流会をしたりと、活動的には私のしたいことから離れている。

次年度は脱会しようかとも考える。(まだまだ迷ってますけどね)

 

私は、こういった会に積極的に入っていくことのできない人とかのサポートがしていきたい。

長男が障害をもって生まれから、教育の充実も望む。

もっと障害児・者の雇用先も増えるといいなぁ障害の重さなどで、どうしても無理なことはあるかもしれないけど、家の中しか知らない、いう生活はなるべく解決したい。

すべては、自分の子供が基準。

そこから考えていく方が、本当の意味で欲しい支援がわかると思うから。