764グラムの超未熟児で生まれた長男の子育て。年子次男の子育て。障がいのある子供とない子供を通しての経験をシェアしていきます。

特別支援学校って、どんな感じ?
学校って、どぉ?

そんな話もおりまぜて。。。

長男、島立ちしました。そして、家族みんなで泣きました。

与論島
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こんにちは。

ともみです。

 

あのですね、日曜日に家族で奄美入りして、長男の入学式に参加してきたんですけどね。

時間がたつにつれてどんどん、離れたくなくなる。

それは、長男も親である私たちも同じ。

次男も、別れの瞬間は静かで、泣きはしなかったけどぐっとこらえてるのがわかるほど。

 

奄美入りしての数日間、長男は寝るときに私の腕にぎゅーっとくっついたままでした。

ほんとに、つらいね。

 

障がいがあると我慢しないといけないのは当然ですか

 

月曜日の入学式にあわせて家族で奄美入り。

水曜日の夕方、施設に預けるまでの間、長男は本当に空元気でみていて辛かった。

 

与論町の、鹿児島県の教育委員会の方々、お願いです。

もう少し、快く高校も島で通えるように手配をお願いします。

中学校までと同じように、ほかの普通クラスのお友達と交流ができる環境、成長が望める環境を作ってください。

大島養護学校の分校として、与論高校に通えても、制服もひとり違う、授業は全く別、交流無し。

それではあまりにかわいそうすぎる。

苦渋の決断で、大島養護学校への進学を決めた。

 

こんな子だから、しょうがない?

こーゆー子が高校も通うのは必要ない?贅沢??

いえいえ、人の権利は平等に与えられてるんですよ。

行きたくないから行かない、行きたいから行く。

こーゆー選択の権利もありますよね。

 

泣く泣く分かれたのに、与論町役場の方々陽気な出張か

昨日の夕方、長男は耐えきれずに泣き崩れて、我慢していた私もパパも号泣。

胸を痛めて分かれてきたというのに。

今日の島への帰り道、隣の島から与論町の役場の面々と、その他役場関係者と思われる方々がワイワイガヤガヤ、とても楽しそうに陽気に乗船してきた。

町民福祉課、教育委員会でみた顔だなと思い出される面々。

そんなに楽しいですか。

そして、雨の中島の中でバスツアーですか?

泣く泣く、必要ない別れをしている家族の前であなた方はなんでそんなに笑っていられるのですか?

 

進路を望んで決めるのとはちがうんです。

選択肢がこれしかないんです。

もっと理解して欲しいですね。

別に、役場の福祉課や教育委員会のみなさまに、常日頃から重苦しい顔をして過ごせって言ってるわけではないんです。

そうじゃなくて、離れなくてすむような、島にいて十分な教育環境ができるような取り組みを考えていただきたいんです。

そして、例えばそういう取り組みを始めたならば、なにかしらの情報として教えてほしいんですよ。

 

 

夏休みまであと14週間

いちいち数えてしまうよね。

あとどんだけしたら、長男にあえるんだろう?って。

あと14回木曜日を過ごせば、あえるね!って自分に言い聞かせる気持ちがわかってもらえるでしょうか。

 

14週間って、長いのか短いのかよくわからないけど、うちの家族からするとすごく長い。

うちの家族は、ほんとに仲が良くて、いつも一緒。

だから、こんなに離れるということが辛くてしょうがない。

 

高校生でしょ?

甘くない??

 

って思う人もいるだろう。

でも、精神遅滞、発達度は幼稚園児です。

まだまだ親が必要な年齢です。

あなたは、幼稚園児の子供を離島の施設に預けることができますか?

 

 

しょせん、ひとごと。だから現実味もなければ、親身にもなれない

さっきから、お役所さんのこと悪く言う形になってますが、すみません。

みんながみんな、そうだというわけではないんです。

 

小さな島で、実際に関わりのある方々が残念な行動をしているのを目にしてしまうことが多くて、ショックを受けているんです。

 

「寂しくなるね」

「たった3年だよ」

「○○さん(君)も頑張ってたから、なんとかなるよ!」

おきまりの台詞しか出てこない。

 

普通に、島の高校を卒業して就職や進学で島をでるのも寂しいけど、そうじゃない。

行きたい高校が別にあって早くに親元を離れる、それとも違う。

しょうがなく、親元を離れて離島の養護学校に行かなくてはならないということを頭にきちんといれてほしいのだ。

 

私に、なにができるのか。

当事者として、これからの方々の為になにができるのか。

教育委員会の会議などに、同時者側として参加する権利がいただけるのか。

障害福祉、特別支援教育保護者として意見を述べる機会をいただけるのか。

どこで意見をのべていいのだろうか。

 

お役所仕事は、「前例がないので」と断るのが大の得意技。

これは、沖縄にいた頃に何度も経験している。

経済的にも、夫婦共働きしたい。

だけど、なんとか決まりそうな職場も、時間調整などの問題でダメになる。

なかなかいい給料で、時間さえ合致すれば、というところまでいくつもあった。

それを障害福祉課になんど相談に行ってもダメだった。

 

障がい世帯は人並みの生活もしてはならないのか。

本気でそう恨んだ。

 

特別児童扶養手当

障害の度合いにより支給額や、支給の可否が決まるのだが。

これがあるから、いいよね!とかは思って欲しくない。

実際、本当に普通に子育てするよりいろんな面で不意にお金がかかったりする。

仕事も思うようにはできないことが多い。

と言うことは、満足な収入が得られない。

この手当は、ありがたい、マイナスを少しでも減らしてくれるものなのだ。

と言っても、これからの3年間は、支給がなくなるうえに、奄美を行ったりきたりするので膨大に赤字が膨らむという。

経済的にもきつくて、子供と離れて、子供も親も辛い思いを強いられて、辛いことばかり。

なんだこれは。

これからの3年間、長男がいない時間で働いて収入を作ろうと思う。

それでも、定職につくことはしないでおく。

いつでも奄美に飛んでいけるように、いつでも子供たちのために動き回れるようにしていたいから。

フリーランスとして、開業届けをだしてみようと思っている。

まだまだ収入があるわけではないけれど。

 

 

エンジェルチルドレン

障害のある子供は、天使の子と言われる。

それは、純真無垢であり、魂が神に近い透明感を備えているからだと言われている。

長男は本当に天使の子。

笑顔一つで、家族の心を晴らしてくれる。

どれだけあの笑顔に救われてきただろうか。

 

それなのに、町を歩けば、知らない子にはもの珍しい奇妙なものを見る目を遠慮なしに向けられる。

子供に悪気はないのでね、しょうがないことなんですけどね。

 

 

私がこれから与論でやりたいこと

とりあえず、長男が奄美の大島養護学校高等部に通う3年間で、その後の長男と家族のライフスタイル、ワークスタイルの確立をしたいと考えている。

長男もしっかりと働き、人と関わることをしてもらおうと思っている。

 

そして、与論町の体制をどうにかしたくて、やっていきたいことが!

  • 学校での障害児への理解を求める講演
  • 障害児・者の生活についての改善議論の場をもうける
  • 当事者側と専門側の意見交換会の定期的な開催
  • あると助かる支援の整備

など。

 

障害児・者がたむろって、ワーイ!楽しいねー!!っていうのは求めてないんです。

そんなことは、程度の軽い障害の世帯だけだと思ってるので。

中には、本当に

  • もし、この子より自分たちがとても早くに死んでしまったらどうしよう
  • 自分たち親が死んだ後、この子を自分たちのように面倒見てくれる人はいるのだろうか
  • この子たちは、一生家の中で閉じこもったような生活をすごすのだろうか

って、考えるひとたちがけっこういるんですよ。

程度の軽いところだけ改善して満足せずに、もっとなにかいい方法がないか?と考え続けたい。

 

私は、そんな活動がしたいと思う。

 

方法がわからない。

だれかアドバイスをください。