764グラムの超未熟児で生まれた長男の子育て。年子次男の子育て。障がいのある子供とない子供を通しての経験をシェアしていきます。

特別支援学校って、どんな感じ?
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ブログって楽しく気楽に書いた方がいいって気がする!と思ったこと

雑談
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こんにちは。ともみです。

 

 

最近、すごくなんやかんややっていたのでちょっときゅうけーい!と思って、ケータイマンガ読んでおりました。

「ちょっと」のつもりが、二日間くらいがっつり読みふけってしまいましたw

あー、楽しかった*^^*

 

そんな休日を過ごしてる中でも、しっかりとブログのこと考えていたんですよね。

今の私の頭の中は、家族のことを抜きにすると、

  • フットサルのこと
  • ブログのこと

でほぼ占められているw

 

で、Twitterとかみながらもいろん人のブログみたり、ツイートみたりして思ったことを書いてみるね^^

 

 

人の目意識しすぎてるよね?

と、思ったんですよ。

いいことつぶやこうとか、すごいねって思われるようなブログ書こうとか、そういう感情が見え隠れしてるというか。

 

もちろん、Twitterを集客の為だけに使おうって人はそーいった感じでもいいのかもしんないけど。

でも、それでもなんだか「作られた言葉」感がすごく伝わってくる。

自分の言葉じゃないのに、一生懸命誰かに認めてもらおう、良く思ってもらいたい、という感情が伝わってくる。

 

正直、そういう人の言葉って入ってこないですよね。

私個人的には、「おなかすいたー」とか、どーでもいいことつぶやいてる人の方が興味がわく。

この人は、自分に素直な人なんだな、と思えるから。

 

とか言ってみたけど、私自身がそーゆーくだらんことしかつぶやかないっていうだけかもなw

 

誰かにとって有益な情報を書こう、は傲慢なのでは?

嫌われるというか、なにこいつ?とか思われることを覚悟で書くね^^

 

誰かにとって有益な情報を書きましょう、的なことを書いてる記事とか見かけると、「んー…」って思うんです。

確かにね、知識の豊富な人が例えば、ワードプレスの使い方とか、ブログの立ち上げ方、リンクの貼り方とかの情報を流してくれるのは非常にありがたい。

実際、私もとてもお世話になってます^^

 

でも、なんというか。

無理して情報あさくってそれを無理矢理「はい、為になるでしょ?」て感じでだされるのはどうかと思うんですよね。

書いていて楽しいの?やりがいあるの??と、思ってしまうのです。

 

つまりなにが言いたいかというと。

中身の無い人が無理して書いたものは、なんも伝わってこないということ。

 

誤解がないように付け加え。

中身というのは、きちんとした知識とか経験ってことです。

「私のように、わからない人がいると思うので、書いておこうと思います」

って人とかも、「経験」のある人ですよね^^

人間性という意味ではないです。

口が悪いので、ごめんなさい。

 

自分にとってのブログの位置づけ

今、ブログで稼いでます!!て人がたーっくさんいますよね。

私も、稼げるようになれたらうれしいなぁ、と思いますがまだそーゆーことはないですね。

 

ブログを稼ぐためだけのツールとしている人と、書くことが好きでそれでいて収入が得られたら最高だよね!という人と。

私は、後者ですな。まだたいしたことしておらんですけど。

 

例えば、アフィリエイトでいい情報を提供しつつ、って人のサイトは見ていて「ほぉ~」、と思います。

でもそうではなくて、「これ売ってやろう」って感情がダダ漏れのサイトは、「んー…」ってなります。

せめて、さわやかに売り込んでくれたら、買いやすいのですけどね^^

 

あなたにとってのブログってなんですか?

 

私は、楽しく気ままに書きたいことを書きたいです。

自分の気持ちを知らない誰かが読めるという、こんなすごいことはないと思ってます。

なので、たった一人でもいい、共感してくれる人がいたらいいなぁと思います。

 

自分の気持ちの乗った言葉と、そうじゃない言葉って誰にでもわかってしまうと思う。

なので、私はいつもストレートに書きます。

「ハッキリ言うよね」とか言われます。それがなにかいけないのでしょうか?

まぁ、空気は読んで口に出さないことはありますよ、一応大人なので。

だけど、これはさすがに誰かが言った方がいいだろ!と思うときは、言わせていただいておりますw

 

 

自分をさらけだしてみる

私のような、口が悪いうえにコミュ障なひとにはほんとにもってこいの場がブログだと思う。

ここだと、目の前に人がいるわけではないので、すらすら自分の感情がだせる。

文字と、言葉では受け取り方にも多少の差が生じたりもするけど。

読んでる人も、読んでいて不快だと思えば、すぐ閉じれば済む。

ただそれだけのことなので、非常にありがたい場だと思う。

 

不快なら、読まなきゃいい。

気に入らないなら見なきゃいい。

 

ということは、書く側にとっては書きたいことを書けばいい。

書きたいことを書いていい。

でも、そこで注意するのは誰か特定の人に向けての中傷的なことは書かないということ。

私は、行政に対しての不満は書いたりするけど、対個人には書かない。

これだけは、守っていこうと思ってるよ。

 

嫌いな人ほど目に付く、気になるってもんだし、とことん嫌われてもいいかな、とも思う。

そもそも、人に執着がないので好かれたら嬉しいけど、嫌われても気にしない。

 

 

 書きたいことしか書かないという選択の結果

私は、書きたいことしか書かない。

そのときの、何かに対しての思いとか、そのときのはまってることとか。

そーゆー風に書いてると、同じように思ってる人とかが検索して読んでくれてる気がする。

 

例えばね、特別支援教育に関してのこととかさ、「特定」の人たちからするとすごく気になるんだよね。

私も、検索しちゃうし。

でね、自分と同じように思ってる人はどうしてるんだろう?とか思うんですよ。

なので、私は自分の場合はこうだよってなことを書きたいだけどんどん書いていく。

それを検索してたどり着いた人が読んで、「こーゆーこともあるのか」って思ったら、それはそのひとの中に一つの事例として残るはず。

 

最近だと、特別支援学校に子供が受験するときに親の服装はどんな風にしていくべきなんだろう?って思ったんですよ。

それを私も検索してみたけど、引っかからなくて。

とりあえず、「お受験のときは親も正装」っていう、スタイルで行きましたよ。

見事に浮きましたけどねw

みなさん、普段着でしたもの。

どこの学校受験の時のほかの保護者はこうだった、自分はどんな格好で行った、ということを書いたり。

すると、次に同じ境遇の人が検索して、「じゃぁ自分はどちらでも行けるようにきれいめにしよう」とか選択ができるかもしんない。

 

書きたいことを書きたいように、は自分の経験や思いを書くという意味で、なにも人の悪口を書いてもいいということではない。

今の世の中すごくおそろしくて、ちょっと影響力のある人が誰かをディスるとすぐそれが拡散される。

公開処刑のようになる。

ほんと、人も殺せるほどにね。

 

そうそう、私は書きたいことを書いてよかったと思うんだよね。

書きながら自分の気持ちを改めて知るし、整理できるし、ありのままの自分の言葉で書けるからね。

 

取り繕うことは、無理な相談だ。

 

読んでくれた人へ

ありがとう。

私の、ありのままの気持ちを書いているので、たぶん気にくわないと思ってる人もいるだろう。

「何言ってんの、こいつ」とか思ってるだろう。

それでも、最後まで読んだということは自分の中にも何か引っかかることがあったんじゃないのかな?

 

私は、ご覧の通り口が悪いんですよね。

口の悪いまま書いてるのは、それが私だからなんですよね。

 

私はね、笑顔でさらっとグサッと吐き出すんですよね。

これができるようになると、生きやすいと思うよw

 

とりあえず、せっかくブログを書くのだから、しかめっ面じゃなくて楽しんで書いてほしいです^^

一生懸命伝わるように書く時も、きっとわくわく感があると思う。

その感情を感じられるともっとブログが好きになる気がする^^