764グラムの超未熟児で生まれた長男の子育て。年子次男の子育て。障がいのある子供とない子供を通しての経験をシェアしていきます。

特別支援学校って、どんな感じ?
学校って、どぉ?

そんな話もおりまぜて。。。

与論に必要な障がい児・者支援を考える

与論島
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こんにちは、ともみです。

 

私には、脳性麻痺の息子がいます。

現在養護学校高等部1年生。

息子が高校を卒業したあとのことを考えると、ちょっと不安になります。

 

与論、障がい児・者の割合に施設が少ない

入所施設もですが、支援施設が圧倒的に少ない。

仕事できる環境も少ない。

いくら学校に行って卒業しても、働けるところがなければどうするよ?と思うのだ。

 

障がいのある人の就職先や、進路が選択肢が少なくて不公平じゃないのか?

 

そもそも、与論には普通に働くにしても、選べるだけの職種がないよね。

なにかやりたいことあるなら、自分で立ち上げやがれ!って感じですかね。

 

てことで、息子が高校卒業するまでに、息子の仕事を作っておきたいよね。

 

軽度の知的障害だと働くところに幅がでるかもしれないけど、ちょっと重くなってくると選択肢が減る。

残念だ。

面倒見てもらいながら作業して、月の収入千円。これで喜んでていいのか?

この前、アンビリバボー観てすごいと思ったよ。

障がい者雇用に反対する従業員もいたりするなか、対策を考え、しまいには障がいをわからない仲間がどうしたら働きやすくなるのか考え、理解している環境。

めちゃすごい。

こーゆー会社、与論にもほしいよ!

 

 

特別支援教育保護者の会でなにができるか

現在、与論の特別支援教育保護者の会(別名あり)に参加し、会計係りをしてるよ。

今月末に、総会が開かれる。

そのときに、町への要望などをあげてみようと思っているのだ。

 

まずは、障がい児を抱える保護者の負担軽減として、働きやすい環境サポート。

児童デイサービスの充実。

子供の障がいの程度によっては、長時間や週に何日も働きにでることが難しかったりする。

医療的ケアができる施設、専門知識のある支援員の配置。

 

障がい児・者と地域の人の交流の場。

スーパーで息子と買い物していると、小さな子供は振り返ってまでじーっと見てくる。

これは、障がいを知らない故の行動。ならば、積極的に関われる環境ができれば、お互いに世界が広がるのではないか?

 

障がい者にも当たり前の仕事と賃金を。

障がい者は、普通の方に比べて仕事のスピードも遅いかもしれないし、出来も悪いこともあるかもしれない。

それでも、一生懸命働けば、同等に賃金があってあたりまえだと考える。

それなのに、なぜ、「下」に見られているのか?これに疑問を感じ続けている。

 

 

障がい者はみんな短命か?

障がい者は、脳の損傷や、ちょっとした仕組みの違いから知的や身体的にちょっとした不便な環境下にいる。

ちょっと昔は、ダウン症の子どもは20歳まで生きられないとか言われたりもしていたらしいけど。

現在、そんなことはほぼないんじゃないかな?

めーっちゃ大人になってる人たちたくさんいるし。

障がい者が、親よりも短命だということは言い切れない。

 

生きてる年数から考えると、親が先に死ぬのが自然に考えられると思うのだが。

 

障がいのある我が子を残して先に親が死んでしまったらどうする?

これが不安で心配でしょうがない。

だからこそ、しっかり働ける環境をつくってあげねばなるまい。

働いて、収入があれば、親が死んでも施設に入りながら生きていくことができる。

しっかりと、自分の力を使って生きることができる。

 

障がい者が短命だと決めつけるなよ。

自分(親)が先に死んでしまったときのことを考えて、子供を育てなければ、困るのは子供だ。

これは、障がいの有無に関係ないな。

 

 

障がいを考えるきっかけを与えてくれた息子

ありがたい。

突然の陣痛で超未熟児で生まれ、脳性麻痺となった息子。

医学はすごい、関わったすべての医師・看護師はすごい、めっちゃ生きようってがんばった息子がいちばんすごい!

 

生命力って、すごいね。

できれば、なんの障がいもなく少しでも軽くなってほしいと正直思ったりもしたけど。

毎日、保育器の中の息子を見て「とにかく、生きてくれ!」と願った。

脳性麻痺ではあるが、笑顔のあふれる優しい子に育った。

ありがとう。

 

自分に、障がいのある子がいなければきっと障害福祉とか気にならなかっただろと思う。

息子のおかげで、世界が広がった。

ヘルパーの資格も取ったので介護についても知識はついた。

いろんな障がいのある子供と関わっても、動じないで済んだ。

 

 

障がいのある子供にこそ教育を

というのは、いたるところでみていて思ったんです。

「この子は、発達障害で脳の特性によってこうだから、怒らないでのびのび育てよう」

という感じの親ってけっこーいるんだな、と。

 

発達障害の場合、伝え方次第で改善されたりするのにもったいない。

公共の場で、静かにするべきときに子供が大きな声でしゃべりだす。

それを、ニコニコ眺めて注意もしない親。

これだと、子供が大人になったときに非常に困る。

約束事は、きちんとできるので事前に簡単に説明しておくことが必要だよね。

「~だから、~したら~なるから、きちんとしようね」

ってのは通じない。

「静かにしようね」「お話は小さな声でね」

って、簡単に言うだけで十分。その方が守るべき事がわかるから子供にとっても助かるのだよ。

 

 

褒められる喜び・頼られる喜びを経験させたい

障がいのある人は、どちらかというと誰かに頼ることの方が多くなるかもしれない。

だからこそ、自分が誰かの役に立つと笑顔がこぼれる。

「すごいね!」「ありがとう!」「助かるよ!」

この言葉は、脳性麻痺のある息子によく言います。

「~取ってきてくれる?」→(お願いしたものを理解して持ってくる)→「これこれ!ありがとう!!」→(息子、テレてニンマリ)

日常で、普通にやる会話。

 

子供には、[人に何かしてもらったらありがとうを言うように]って言うくせに、自分が子供にちょっとしたお願いしたあとにしてもらって、ありがとうを言わない親いるんじゃない?

親しき仲にも礼儀あり、まずは自分が手本みせようね。

 

子供は親の手伝いをするのが当たり前って感じに思ってる人もいるかもしれないけど、もちろん、手伝ってもらって「ありがとう」って言ってますよね?

当たり前ですもんね~。

 

褒められる・必要とされる経験って、障がいの有無に関係なく、みんな必要だと思うのよ。

特に、必要とされるってすごく特別な事のように喜びになると思う。

 

与論にいる障がい児・者も、必要とされる経験をたくさんしてほしいなぁ。

多機能訓練施設での作業成果とか、取り上げられると意欲にもつながるし。

 

 

つまり…

与論に必要な支援とか考えると、まずは自分の息子に当てはめた方が早くて。

息子が生きやすくなるためにはどうしたらいいのか、と。

身近なモデルで考える。

 

総会まで日にちが迫ってきた。

意見をまとめておかねばなるまい。