764グラムの超未熟児で生まれた長男の子育て。年子次男の子育て。障がいのある子供とない子供を通しての経験をシェアしていきます。

特別支援学校って、どんな感じ?
学校って、どぉ?

そんな話もおりまぜて。。。

与論町特別支援教育研修会に参加して改めて感じること

特別支援教育・学校
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こんにちは、ともみです。

つい先日、与論町特別支援教育保護者会主催の教育研修会に参加してきました。

私は、与論島特別支援教育保護者会「ジャガイモの会」で会計をやっています。

役員なので、ほぼ強制的参加でした。(当日会場で受付係りでした)

 

ジャガイモの会の総会後、そのまま招待講師による研修会が行われました。

 

 

高校の特別支援教育

鹿児島県の離島における状況を簡単に資料にまとめてきてくださっていました。

ありがたい。

与論での、大島養護学校高等部訪問教育がスタートしたのが、2011年4月だそうです。

それは、ジャガイモの会を立ち上げた会長のお子さんの高校進学がきっかけで、署名活動をした結果だそうでうす。

(そのとき、うちの子供たちは与論の保育園に通っていました。私も、当時の職場で署名をさせていただきました)

 

鹿児島県の高等学校特別支援教育は、2018年4月から支援室に名称を変え、新たに屋久島・喜界島で開設。

 

鹿児島県単独の制度で、

  • 授業日数も支援室(分校)と本校は同じにすること(ただし、生徒の状況により困難となった場合には減らす)
  • 教員派遣は従来の一人から困難なことが多い為に、二人とする
  • 一人でも対象児がいる場合開設する

となったそうです。

与論でもうちの長男は支援室を開設してもらえたんですよね。

わかっていて、奄美に行くことを決めたので、振り返らないことにします。

 

特別支援学校高等部の設立にはたくさんの時間が必要だそうで、鹿児島市南部では知事が視察をし、開設までに5年を要すると判断されたそうです。

 

障がい者の人権

これまで、誰かに代弁してもらっていた知的障害者が、自分たちの思うことを自分の声で言うという時代になってきているそうです。

とてもいいことだと思いました。

障がい者は、自分の思うことをはっきりと伝えることが少し難しいかもしれませんが、自分でどうにかしようと考えると言うことも必要なことだと思う。

 

長男にも小さな頃から言ってきたこと。

障がい者だからって、なんでもやってもらえると思うな。やってもらって当たり前と思うな。

障害があることを理由に、なんでも人任せになるといざ一人で生きていかないといけなくなったときにどうするのだろうか。

それを考えると怖くて仕方がない。

 

自分の気持ちをハッキリと伝えられる人になってほしい。

自分のことは自分でできる人になってほしい。

 

また、障がい者だって自分の意志で決定する権利があるということ。

 

 

障がい者の社会参加

障がい者の社会参加と聞くと、健常者の善意によって提供された場に障がい者は「受け入れてもらって」という消極的なイメージが強い。まだまだ、そんな雰囲気が拭えない。

それは、健常者の善意の押しつけだけが原因ではなく、当事者たちの受け身の体制もよくないと早く気づくべきだと思う。

「~してもらえませんか?」とお願いばかりではなく、

「~がしたいのです」と、意思表示をする。

 

障がい者には、健常者とは違い、様々なハンディがある。

能力によってできることというのは、障害もなにも関係ない。

「能力があれば」という条件付きの考え方ではなく、誰でも社会参加できる適切な支援を用意する事が社会の側の責任だということ。

 

 

旧優性保護法→押しつけの善意

旧優勢保護法(1946~1996年)は、障がい者本人の意志とは別のところで善意を押しつけていたもの。

障がい者本人の同意無し・知らせず・だまし、強制的に不妊手術をしてきた。

「不幸な子供をうまない運動」だそうだ。

 

障がい者が結婚をして、子供を生んだところで十分な教育も受けさせられない、育てられないという理由で強制的に行われていた、国策だそうだ。

なんとも恐ろしい。

 

子供が欲しくて、家庭を築きたくて結婚をした。

本人の同意無しに、強制的な卵管結紮術を受けさせられた女性、パイプカット手術を受けさせられた男性。

 

なんの権利があって、人の人生を操作するのだろう。

うちの長男は脳性麻痺で、いわゆる知的障害児だ。

結婚は、できるものとは思っていない。

ピュアすぎるいつまでも小さな子供のような長男が、家庭を築いてるところは想像できない。

本人がどう思うかなんて、まだわからない。

 

それでも、もし、縁があって結婚することになるのなら全力でサポートしたいと思っている。

 

まだまだわからない未来のことをいちいち心配ばかりもしていられない。

もし、障がい者の間に子供が生まれたなら、周りがサポートすればいい。

障がい者の子供は必ず障害をもって生まれるとも決まっていない。

旧優性保護法が言う、「不良な子供」「不幸な子供」というのは、あきらかな差別にしかすぎない。

国上げての差別をしていたのだから、やってられない。

障がい者を「害」と見るな、余程健常者の方が「害」が多いのではないか。

 

 

障害を持つ人にも人として当たり前の利権を

私は、総会の際に町議員の方々、町長、役場関係者の方々への要望を出しました。

私のほかにも一名要望を出した方もいます。

その方と私と、分野別にしての要望を出したのです。

 

与論町は、今年度から、療育の体制が変わったそうです。

なぜ、わざわざ変えたのだろう?と不思議に思いましたが、そこをあと一名の方が指摘し、これまでのような体制にしてくださいと要望していました。

 

私はというと、与論にいて大島養護学校の分校として支援室を開設してもらうのでは、教育の中身があまりに違いすぎる故に、奄美への進学を余技なくされたという点をまず述べました。

はっきりと言うべきところは言っておかないと、現場を知らない方々は頭だけで考えるので、らちがあきません。

 

そして、子供が学校い通える間は心配が減っても、卒業して大人となったときにどうするかということが課題だと言いました。

島の施設に通って、作業をして、支援を受けて、ちょっとしたお小遣い程度の賃金をもらって喜んでいるのはおかしいとハッキリ言いました。

働いた時間、内容の分だけきちんとした賃金をもらえる当たり前の権利をくださいと要望しました。

 

子供は18年間で終わり。

その後、大人になってからの時間が長いのに、その長い時間の支援が手薄ではどうやって生活していけというのだろうか。

 

与論にいる障がい児・者の割合に対して、関連施設が少なすぎるという点もしっかりと意見させてもらった。

 

言える人が、発言できる場をしっかりと使い、伝えないとなにも動かない。

もっと、与論にいる障がい児・者とその家族が生きていきやすいようにしていきたい。

 

おわりに

脳性麻痺の長男のおかげで、視野が広くなった。

いつも笑顔で、前を向いて、困難なことを困難ともせず立ち向かい、イヤなことからも逃げず、タダひたすらに生きている。

そんな長男をみていると、元気をもらえる。

私にできることはなんだろう。

こんな素敵な子の人生は素晴らしいものであってほしい。

だからこそ、せめてこの小さな島から変えて行けたら、と思う。

 

障がいを持った自分の子供が恥ずかしいですか?

兄弟を恥ずかしく思いますか?

 

恥ずかしいと思う自分の心が恥ずかしいことに気づきますように。

 

うちの次男は、脳性麻痺のにーちゃんをとても大切にしています。

いつもサポートしてくれます。

言葉では言わないけど、誇りに思ってるということが伝わってきます。

 

そんな次男と、次男に大切にされる長男を誇りに思います。