764グラムの超未熟児で生まれた長男の子育て。年子次男の子育て。障がいのある子供とない子供を通しての経験をシェアしていきます。

特別支援学校って、どんな感じ?
学校って、どぉ?

そんな話もおりまぜて。。。

学校に行く意味

与論島
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こんにちは、ともみです。

 

日本では、義務教育っていう制度がありますよね。

小学生・中学生のうちは、学校に行って教育を受けなければならない。

そして、保護者は、それをさせなければならない。

 

今、学校に行きづらい子供たちも多くなってる気がするし、無理して行く意味ってなんだろう?と考えた。

 

 

なにが何でも教育受けさせる、義務教育

小学生・中学生のうちは、義務教育だから多少の不登校であっても、なんらかの措置で卒業はできる。

私立受験じゃない限り、公立を選べば中学生にはなれる。

小学校・中学校で教育を受ける意味ってなんなんだろう。

なんにも思わず、義務教育で行かないと行けないからって、ただなんとなく学校に行った。

高校も別に行かなくてもいいけど、みんな行くし、行くのが自然の流れだったから行った。

 

義務教育って、学校に行きづらくなった子供からすると、すごく苦痛でしかないと思う。

むかーーーーしね、テレビで海外の家族のドキュメントかなんか観たんだよね。

学校に行くことに重要性をみてなくて、家族とともにあちこち旅をしながらいろんな経験を積んで。

そうしながらも、勉強はしっかり教えて、家が学校のような生活。

これはすごくいいなぁと思った。

私も、こんなふうに子育てがしてみたいと思った。

 

日本では難しいことなのかな?

次男は、学校に行きたがらないことが多い。

「めんどくさい」っていう表現がしっくりくる感じ。

どうせ、学校に行っても勉強は身が入らないし、宿題もしない。

それなら、自宅学習で単位とれたらいいんじゃないのかな?とまじで思う。

私も、朝からイライラしなくて済むし、お互いにストレスが減る。

 

そもそも、なにが何でも「学校」に縛り付ける理由ってなんなんだろう?

 

知識を吸収する場所

学校だけじゃない。

日常生活で、知識は得られる。

勉強しろってよく言うけど、何のために勉強させるの?

いい大学に行かせたいから?

いい企業に就職してもらいたいから?

 

私的には、本人がやりたいことが見つかったときに、今まで勉強をしてこなかったことを後悔してがむしゃらになる方が、とっても役に立つと思ってるんだよね。

なんとなく、勉強してきてよかったー、ていうのはその後の達成感も低いかもしれないし、挫折を味わったときの落ち込みが激しいと思うのよ。

知りたいから、興味があるから、自分に必要だから勉強をしてほしい。

 

究極、学校には「カタチとして」行ってくれるだけでいいと思ってる。

数学とか、理科とか結局大人になって必要か?ってきかれたら、ほとんどの人には対して関わってこないw

簡単な算数程度の知識があれば、生きていける。

 

学校行きたがらない次男によく言うことがあるんですよ。

  • 勉強できなくてもいい
  • 興味あることは頑張れ
  • 好きなことはとことん好きになれ
  • やりたいことをやるためには、最低限のやらないといけないことはやれ

 

学校行っても、楽しくなかったらなんも吸収できんと思う。

次男の場合、学校に行くまでの過程がいやなだけであって、行ったらめっちゃ楽しそうにしてる。

これは救いだ。

休日も、仲のいい友達と集まっていろんな遊びをしている。

友達といろんなことを経験して、吸収して、成長してほしいと思う。

 

中学校卒業して、もし高校に行けなかったら(行かなかったら)、とりあえず就職してもらって、自分の稼いだお金で楽しむということを学んでほしいと思ってる。

休みすぎ、遅刻のしすぎで、高校受験資格が危ういんじゃないかと、まじで思ってるんで。

 

 

子供の人生、責任をとるのは子供自身

ということですよ。

親が勝手に心配してあれこれ手を回すのはよくないよねー。

過保護って、好きじゃないんですよねー。

されたこともないし、しようとも思わない。

私のなくなったお母さんが、ほんとにいい感じでほったらかしてくれたもんで。

「言いたいことはため込まずにすぐ言え」

「やりたいことは聞く前に覚悟をもって取りかかってから事後報告するくらいしろ」

っていう、男前教育だったので、けっこー自由にさせてもらってたなー。

好きにしていいけど、自分の行動には責任を持てという感じでね。

 

おかげで、自分が怠けて自分がつらくなってもそれは自分の責任、ということを身を持って知ることができたよ。

 

次男にも、

「後々困るのはあんただし、自分で考えれ」

て、言って終わり。

 

私は、自分の理想の生き方を子供に押しつける趣味はないし、子供には子供の生き方があるからね。

 

学校では、学業ばかりではなくてそういった人生観とかも教えてくれるようになるといいのになぁ。

 

 

決断は、親ではなく子供自身で

子供自身の生活に関わることは、子供に決めさせる。

それ以外の、重大なことで親が入っていかないと行けない面では、バリバリ口もだすし、決定も下す。

それは、親だから。

親にしか許されない部分ってのがあるよね。

たとえ、学校の先生であっても口を出すべきではない部分もあるよね。

一番いいのは、子供と親と、先生が相談しあえる環境があることなんだけどね。

 

今のご時世、モンスターな親が多いでしょ。

ネグレクトもあるでしょ。

難しいめんどくさい世の中になったもんだ。

 

私は、あんまり先生にあれこれ言わないようにしているよ。

学校でのことは、先生の方がよく知ってるんだし。

でも、だからといって学校だけでの子供の様子から、あれこれ判断されるのは嫌いだよ。

家での様子も確認してくれ、頼む。

 

うちの次男は、学校に行きたくない日は徹底して「行きたくない」と言い切る。

ときどき、それも聞き入れずに、午後の一時間だけ登校もさせたりするけど。

たまには、荒い雑な扱いをしてやった方がいい気がするんだよね。

思い通りにいくことばかりじゃないってわかってもらうためにも。

 

自分で決めたからと言って、それがすべて通るというわけではないから。

そこを知ってもらうためにやってること。

 

 

ずる休みと息抜き

我が家は、ちょっと特殊なのかしら。

次男がずる休みをしても、フットサルには連れて行く。

家族で参加して楽しんでるからというのもあるけど、学校とは別ものだから。

学校には行きたくないけど、フットサルには行きたい。

その気持ちもわかる。

たとえば、

「学校する休みしたからフットサルも行ったらダメ!」

て、行かさなかったとする。

そうしたことによって、リフレッシュできずに翌日もずる休み。また翌日も。。。

となりかねない。

少なからず、ずる休みしたいときも、なにか小さなうつうつとしたものがあるのかもしれない。

 

ずる休みを勧めるわけではなくて、リフレッシュになるなら、という考え。

そして、ずる休みしたあとでも好きなフットサルには行かせるというやり方。

学校外のことは、親の責任だから、学校からとやかくいわれる筋合いはない。

 

息抜きって、ほんと必要だよね。

息抜きの方法を知ってるだけ賢いと思うよ。

それができない子が犯罪を犯したり、残念な行動をとってしまったりするんだよ。

 

 

まぁ、最終的になにが言いたいかってさ。

学校に行くのは、当たり前のことで大事なことかもしれないけど、ちゃんと行く意味を知って行かないと無意味だよ、てこと。

無理して学校に来させようというやり方とかも、子供にとっては地獄なだけなんだよ。

家庭学習で、先生と親が連携をとれるならそれでもいいじゃない。

教育、子育てにもう少し柔軟性ができるといいよね。