764グラムの超未熟児で生まれた長男の子育て。年子次男の子育て。障がいのある子供とない子供を通しての経験をシェアしていきます。

特別支援学校って、どんな感じ?
学校って、どぉ?

そんな話もおりまぜて。。。

沖縄生活、与論島生活を繰り返した経験報告書

与論島
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与論島生まれ、与論島育ち。

現在与論島在住。

 

私が沖縄に住むことになった経緯なども書いてみようと思う。

 

私の生い立ちと家族構成

ごく普通に、与論島で生まれ育つ。

私の時は、難産だったと母が言ってた。

だからなのか知らんが、子供の頃はなにかと病気がちだった。

よく扁桃腺腫らして40度の熱だしてたなぁ。

 

家族は、父・母・兄・姉・私。

 

父は昔ながらのがんこ親父そのもの。

母はなんでもどんとこい!タイプの肝っ玉母さん。

 

父と母は11歳の年の差夫婦。

母の方が年下なのに、母の方が強かったw

手のひらに父上乗っけて転がしまくってたww

 

兄は5つ上、我が道突き進む人。

姉は4つ上、なんでもしゃきしゃきこなす人。

私、典型的な末っ子。

 

兄も姉も、高校を卒業したら島を出て就職。

私は、ザ・末っ子なもので、甘え放題。

高校卒業後、美容専門学校へと進学、美容師国家資格合格、のちに結婚・出産。

 

お母さん、ありがとう。

 

 

沖縄引っ越しは進学がきっかけで

まず、第一回目の沖縄引っ越しは専門学校入学のとき。

与論島は、鹿児島県。

だが、近いのは沖縄。

 

ということで、沖縄の美容学校に進むことにした。

学校見学も、入学手続きももちろん自分一人で進めた。

当たり前なんだけどねw

 

とりあえず、バイトできるかどうかもわからない状態だったので、格安アパート探しをスタートさせた。

学校が、1年次と2年次で校舎が別々のとこにあったので、中間になるように。

 

 

沖縄の格安アパートの実体

学校に、不動産屋のチラシもおいてあったので、しっかりもらっておいた。

母と、アパート探しに沖縄入りして、物件探しスタート!

 

母は、昔から霊感というか感じたりたまに見えたりする程度の勘の鋭さがあった。

 

とっても親切は不動産屋の方にあちこちつれてもらって、何件もみた。

 

私の、当時の物件の条件がこれ。

  • 洋室
  • 風呂トイレ別
  • バスタブあり
  • 6畳以上

 

だがしかし!

これは、なんといっても困難を極めた。

なぜならば、母からの条件が3万5千までという家賃上限が入ったから。

 

築年数とか、全然気にしない。

古くても、状態のいいおうちはたくさんあるし。

 

てことで、不動産屋さん頑張ってくれた。

 

広くて家賃安いけど、安いのはナニかしら問題があった。

 

まず、風呂とトイレが一緒。なおかつ、めっちゃ狭い。

近隣住民がちょっと、、、、アレな感じの、、、、。

詳しくは言えない。

 

どれを我慢して、どれを優先させるか。

 

と、母と不動産屋と相談して、畳の1kの部屋を見に行ってみた。

そしたら、なんということだ!

母と二人、

 

「ここがイイ!!!!!!」

と、叫んだww

空気もすごくキレイで、なんというか落ち着いた。

 

それまでの物件は、玄関開けたら塩の袋が窓という窓にぶら下げてあったり。

なんというか、日当たりいいのにじめっとした空気だったり。

もう、何か別のモノが住んでるというような部屋もあったり。

 

那覇の中心と言える場所にあったのに、大家さんが良心的で安く貸してるアパートだった。

大喜びで、契約。

お世話になりました。

 

ということで、専門学校時代の部屋は、

  • 和室6畳、キッチン3畳の1k
  • 風呂トイレ一緒
  • バスタブなし
  • 家賃36,500えん

那覇市久茂地、いいとこでした。

 

 

沖縄から与論へ、一回目の引っ越し

専門学校を卒業してすぐに結婚出産。

超未熟児で生まれた長男と、年子で心臓に穴が3つくらいあいて生まれた次男。

 

そんな子供を預けてパートにでれるわけでもなく。

頼れる人もなく。

パパさんは、正社員の仕事とバイトを掛け持ちして事故るし。

大変でした。

 

そんなこんな、我が地元与論島に引っ越し~!!

 

与論、いいね!

お母さんいるし!!

姉も子供の面倒みてくれるし!!

おかげで、共働きできたし!!

 

子供は、私たち兄弟の卒園した保育園に通った。

これがまぁ、先生方がみんな一生懸命長男のこと考えてくれてね。

ほんと、感謝です。

 

次男も、「かわいい」って散々言ってくれてwww

ほんと、ありがとう!!

 

 

沖縄から与論への引っ越しは、マルエーフェリーさんのコンテナのいちばん小さいやつを借りて、荷物詰め込んで格安で抑えたよ。

 

通常は、家の目の前にポイっとコンテナ降ろして撤収するみたいなんだけど。

与論のマルエーの方々、優しかった!

家の中まで荷物どんどん運んでくれたw

ほんと、ありがとう!!

 

引っ越しの方法は、業者を使った方が安い場合と、コンテナだけ借りた方が安い場合とあるからね。

よく考えて、たくさん見積もりして決めるとよし!

 

 

今度は与論島から沖縄への引っ越し

忙しい我が家ですw

きっかけは、超未熟児で生まれた長男の小学校入学問題。

与論島には、当時は特別支援学級もなく。

教育が受けれる体制がありませんでした。

 

そして、大島の発達の先生から

「養護学校行った方が絶対いいよ!」

と、ごり押しされたことをきっかけにまたまた、パパさんの地元沖縄へと。

 

パパさんの実家の近くではなく、長男にとってどこの学校がいいのか、で決めた私。

とーぜん、「実家近くにすれば、うちに一緒に住めたのに」と、ぶーぶー言われましたよww

 

与論から沖縄へは、段ボールに荷物を積めて。

車にも荷物を積めるだけ積めて。

後日、母にお願いして段ボールは全て宅急便で送ってもらった。

普通に引っ越すより、ちょっと安くなった。

 

そもそも、与論島には引っ越し業者がなかったw

 

 

再度沖縄から与論への引っ越し~現在

今のところ、これが最後の引っ越しになるんじゃないかと思ってます。

長男は、高校進学で一人奄美の養護学校に行ってますが、コレもひとつの経験。

親元から離れるという経験は、障がいを持つ子供にとってなかな貴重だと思う。

 

そして、次男は現在中学3年生。

高校卒業まではもう引っ越しはしないと決めたので。

(高校行くのか知らんけどww)

 

沖縄から与論へのこの最後の引っ越しは、パパさんが勤めていた引っ越し業者でお願いした。

シーサーのお顔がトレードマークの引っ越し屋さんですよ!

 

沖縄と与論島を行き来して。

私はやっぱり与論島がいいな、と思うのです。

やっぱり、地元だしね。

 

コンビニがないから、無駄に中学生とかがたまらなくていいよね。

コンビニがある便利だけど、24時間営業されると、そりゃぁもうヤンキーがたまるww

与論は、不便なことにありがたみを感じるからとてもいいよw

 

 

与論島に移住したい人の問題点

与論に、住みたいと思ってくれるたびんちゅにありがとう。

でも、この人たちにとって気になるのは、仕事、住むとこ、引っ越し方法とかだよね。

 

与論は、人と人のつながりで成り立つから、初めてさんには少し窮屈かもしれないね。

 

仕事は、選ばなければある。

住むとこは、「家族」単位なら移住の助けがあるみたいなんだけど。

島在住者にも、これから引っ越してきたいっていう人にもそうなんだけど。。。。。

「独身者に冷たい」www

独身だって、家は必要なのにね。

おかしい話だよ。

 

仕事は、とりあえず役場入り口に求人情報がたくさん貼ってあって驚いたなぁ。

とりあえず、生活費を!と思ってる方は、役場に行ってみてください。

 

住むとこは、とにかく情に訴えて、いろんな人に聞きまくること。

 

この島ではコネが一番必要なスキルです!

 

住むとこと、仕事が決まればあとはどうにかなる。

とりあえず、生き延びたね。

 

 

「夏になったらたくさん海行くんだー!!」

と、目を輝かせてるたびんちゅに悲しいお知らせです。

 

与論に住んで生活をしてしまうと、思ったより海に行く時間なんてありません。

休暇で旅行にくる位の方が、海には行けます。

 

 

与論島、自給自足生活は簡単にはいかない説

私も、あこがれていますよ。

この、自給自足というやつ。

 

与論の夏は、太陽がすごいし畑にでる気力を奪う。

冬になると、畑の土は固くなる。

 

夏から秋にかけて台風が来まくる。

 

いつ、みんな野菜育ててるの??

 

安心ください。

自給自足ができない私のような人の為に、島の農家さんが格安で野菜を販売してますよ!

スーパーに卸して、利益はすずめの涙ほどだろうなと思うと、申し訳ないが助かる。

なんなら、同じ値段で直接農家さんから買ってまるまる利益にしていただいた方がいいんじゃないかと思う。

 

島暮らし、田舎暮らしに夢を抱きすぎたら現実が辛いので、ご了承ください。