764グラムの超未熟児で生まれた長男の子育て。年子次男の子育て。障がいのある子供とない子供を通しての経験をシェアしていきます。

特別支援学校って、どんな感じ?
学校って、どぉ?

そんな話もおりまぜて。。。

何気ない毎日の中で、ちょっとしたウキウキをみつける

与論島
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天気が安定しませんね。

地震や大雨などで大変な地域もありますね。

 

与論島も、6月頃だったかな。

台風の影響で大雨で、お店や家などが浸水して大変なことになりました。

 

こんなときに思う。

人間がいくらすごい開発ができたって、自然には敵わないって。

 

 

今日も生きてるありがとう、の気持ち

今年、母の7年忌でした。

母は、風邪のような症状が続いたのちの検査で、難病であることがわかりました。

 

当時、医師からは

「この病気は、発覚してからの平均生存年数が8年くらいと言われています」

と、言われていた。

 

母は、難病になってから、夜眠ると朝がくるのか不安になると漏らしたことがあります。

 

「朝目が覚めると、(あー今日も生きてる)って思うようになった」

 

と言っていた。

 

 

それを聞いて、毎日当たり前に朝がくるわけじゃないんだって思った。

 

 

うちの長男は、超未熟児で生まれて生きるか死ぬかを乗り越えてきたけども。

そんな長男よりも、次男はどこかはかなげで危うくて。

 

朝、次男が起きてこないと途端に大きな不安におしつぶされそうになる。

 

怖くなって、胸がざわざわして。

でも、確認に行ってもしなにかおこっていたら?って不安が大きくなって。

怖くてみにいけない。

 

意を決して確認に部屋に行く。

寝ている次男の顔に触れ、温度を確かめ、呼吸を確かめる。

 

(はぁ…よかった…生きてる。ありがとう)

 

 

母は熱で数日うなされ、朝方に大きな呼吸三回して息を引き取ったらしい。

母に、朝は来なかった。

 

一番の身内に朝が来なかったことがあるから、怖くてしたかがない。

息子たちに何かあったらどうしよう。

夜眠って、当たり前に元気な朝がくるとは決まっていない。

 

だから、生きてることを確認して幸せになる。

今日も生きていてくれてありがとう。

 

 

 

[当たり前]が実は最高の幸せなんだ

[当たり前]は、人それぞれにちがうと思う。

 

歩けることが当たり前の人もいれば、じゃない人もいる。

しゃべれることが当たり前の人もいれば、じゃない人もいる。

口から食事がとれることが当たり前な人もいれば、じゃない人もいる。

 

 

いろんな当たり前がある。

 

一般的に、人間には手足があるから、歩けて手も動かせるのが普通だと思われている。

手はあっても、思うように動かせない人もいる。

 

足があっても、歩行困難な人もいる。

 

今、私がこうしてブログを書けるのも、手がうごくおかげ。

 

この、自分が当たり前にしている行動をひとつひとつ考えてみると、幸せなことだと思う。

 

もし、突然足が動かなくなったら???

私は、フットサルを楽しめなくなってしまう。

車も思うように運転できなくなってしまう。

 

もし、目が突然見えなくなったら??

子供たちの顔や成長をこの目で見ることができなくなってしまう。

思うように、自分の気持ちをこーやって書くこともできなくなってしまう。

 

たくさんの[当たり前]をありがとう。

 

日常をつまらないと感じたら、ちょっとしたウキウキを探してみる

私は、家族が無事に生きてることがすごくありがたい。

 

そして、息子たちが楽しそうにしてるのを見るとうれしくなる。

今は進学で離れている長男だけど、夏休みに帰省してる間は幸せだった。

 

家族でフットサルをしてるのも幸せだ。

家族で共通のスポーツを楽しめることってなかなかないんじゃないかなって。

 

家族のこと以外で、ちょっとしたウキウキ幸せになることも見つけてみる。

 

たとえば、

  • ガス台磨いたらめっちゃきれいじゃーん!
  • ハンドメイドしたコースター最高じゃん!
  • 今日の柔軟剤はどっちにしようかな、今日はコレ!!
  • たまにはピアスつけてみるか♪
  • 今日はいちだんとコーヒーがおいしい!

 

とか。

ちょっとしたことでも、拾ってみると自分ってけっこー幸せなんだわ。

って思う。

 

[なんにもないからつまらない]

 

じゃなくて、

[なにごともなくすごせてよかった」

 

て考えると、すごく幸せになる。

 

日常に特別感を期待するからつまらなく感じるんだよね。

 

自分がどん底だと思うと、どんどん暗いことばっかり考えるし。

私は、家族を失うことが一番のどん底だと思う。

 

だから、何事もなくてよかった、って思う。

 

 

普段、テレビをつけることがあんまりないんだけど。

たまにテレビをつけてみて、たまたま自分の興味のあることが出たら

 

イェーーーイ♪

 

てなるwww

 

 

 

そんなどーでもいいことでもいちいち、「ラッキー♪」て感じると楽しいw

 

 

 

子供がいる幸せ

子供がほしくても、なかなか授かれない人もいる中で、私は授かれた。

これは、すごくありがたいことだと感じている。

 

長男が超未熟児で生まれて、保育器の中で頑張ってるのを見て、

「頑張ってくれてありがとう」

て思ってた。

そして同時に、

「ちゃんとお腹の中で育ててあげれなくてごめんなさい」

って思ってた。

 

次男が生まれたのも、35週というなんともギリギリ早産になってしまった。

どうやら、私の体は妊娠に耐えられないらしい。

 

次男は心臓にいくつか穴が開いていたし、「1歳までに風邪引いたら死んじゃうよ」て医師に言われて気が気じゃない一年を過ごした。

 

二人とも、無事今元気にしている。

長男は、小学校入学まで歩けなくて、今後も歩けるかどうかわからなかったのに。

今では元気に走りまわれるまでになった。

 

次男も、心臓の穴は無事閉じて、運動も支障なくできている。

 

私の体がよわっちいから、息子たちに大変な思いをさせたんだと思ったときもあったけど。

それでも、息子たちは何事もなかったかのように元気でいてくれる。

 

感謝しかない。

 

勉強ができなくたっていいし、学校に無理して行かなくてもいい。

ただ、自分のやりたいことで将来生きていけるように、頑張ってもらいたい。

 

生まれたときから大変なことを乗り越えてきた息子たちだから。

きっと、やってくれるだろう。

 

 

今日も、生きてた。

ありがとう。

 

 

スマホゲームする時間、マンガ読む時間

思うのです。

時間のやりくりって、自分のやりたいことをするためならどうやったって作りだそうとするんです。

 

(何時までに、これやって、あれもやって、、、、)

 

そして、私の場合ブログに自分の思いをぶち込んで。

 

そしてさらに、スマホでゲームして。

 

 

そしてそして、スマホでマンガ読んで。

 

 

この時間を確保できると、リフレッシュできてものすごくいい!!

 

自分の中でルールを作る。

 

[やりたいけど、やることやってから]

 

と、マイルール。

 

後回しでいいものは、さくっと後回しにする。

じゃないと息がつまる。

 

てことで、これもやることやってから書いてます。

 

 

 

ブログ

ブログといえば、最近では

[誰かの為になることを書くべし]

て感じらしいんですよね。

 

でも、私は自分の為に書いてます。

 

自分の気持ちを書きながら整理してる。

 

そして、共感してくれる人もいたりして。

 

人の本当の心の中なんてみれるもんじゃない。

だからこそ、私はブログで本音を書く。

 

自分の性質的に、人や物事を観察するし考えてから発言するけど。

発言のときに、言葉たらずになることも多い。

 

文字に起こすと、不思議なことに言いたいことを言いたいように書くことができる。

 

だから、ブログは自分の気持ちの為に書く。

 

ストレスを減らすことも、自分なりのうれしいをつくるポイントになる。

 

 

ブログを書いてる私は、素で無。

誰か目の前の人に話してる訳じゃないから、自分の思考がそのままこっちにでてくる。

 

それは、優しい気持ちも棘だらけの気持ちも。

自分の気持ちに素直に従うと、なんて心地いいんだろう。

 

 

こんな何言ってるかわからないブログ、最後まで読んでくれてありがとう。